コノヒノ道具店の読みものでは、 ものづくりの背景や、作り手の「声」に、そっと耳を傾けていきたいと考えています。
今回は、店主でありカトラリー作家でもある樫原ヒロに、ものづくりのはじまりから、日々の制作について話を聞きました。
—— まずは、ものづくりを始めたきっかけを教えてください。
きっかけは、器集めが趣味だった妻への誕生日プレゼント。 「ケーキを食べるための、小さなフォークがほしい」と言われたことが始まりでした。
当時は、アクセサリー制作に使っていた素材で一本のフォークを制作。 実際に作ってみると、カトラリーという存在の奥深さに、次第に惹かれていきました。
食卓では控えめで、どこか縁の下の力持ちのような存在。 けれど、なくてはならない大切な道具。
料理を絵にたとえるなら、絵の具が料理で、器はキャンバス。
カトラリーは、その絵を引き立てる“額縁”なんです。

—— 作品づくりで、特に大切にしていることは何ですか。
カトラリーは、単なる美術品やアートではなく、日々の暮らしの中で使われる「道具」だと考えています。
使いにくい形だと、食べる姿勢が崩れてしまったり、次第に手に取られなくなってしまう。 だからこそ、持ちやすさや口当たりといった使いごこちの良さを何よりも大切にしています。
もうひとつ、制作の軸にあるのが、作品ごとに込められたデザインのテーマやストーリー。
「なぜ、この形なのか」 その理由をきちんと伝えられることを意識しながら製作しています。
—— 日々の制作の中で、インスピレーションを受ける瞬間や、影響を受けているものはありますか?
特別な場所や資料から影響を受けることは、ほとんどないです。
娘とよく行く美術館で目にする風景や、小説や音楽、そして道ばたでふと見つけた枯れ葉や木の枝。
そんな日常の断片が、いつの間にか心に残り、制作の種になっています。
デザイン集や他の作家さんの作品を積極的に見ることはせず、作りたいものが決まってから、必要なときに少しだけ参考にするくらい。
大切にしているのは、自分の中に自然と生まれたイメージを、急がず丁寧にすくい上げることです。

—— 休みの日や、ふと息をつく時間は、どんなふうに過ごされていますか?
お休みの日は、娘と一緒に美術館へ出かけたり、小説を読んだり、映画を観たり。 家族で小さな旅行に出かけたり、買い物を楽しんだりしています。
制作の合間にふっと気持ちをゆるめる時間には、お茶とお菓子を添えて、図録や本をぱらりとめくる。
そんなデジタルよりもアナログ、アウトドアよりもインドアなひとときを大切にしています。
—— 制作の相棒といえるものはありますか?
甘いものと、お茶ですね。
紅茶や緑茶を淹れて、甘いものを食べながら、気持ちを切り替える時間が、日々の制作を支えてくれています。
カトラリーづくりの現場では、重いハンマーを振り続けたり、火を使った作業も多く、体力も集中力も必要とされる時間が続きます。
だからこそ、ほんの短い休憩でも、甘いものと温かいお茶で一息つくことが大切な時間。
疲れた手と気持ちをそっとゆるめ、また制作へと向かうための小さなスイッチのような存在です。
—— 最後に、作品を手に取ってくださる方へメッセージをお願いします。
カトラリーを通して、ほっと幸せなため息が出るような時間をお届けできたら、という思いで日々製作しています。
皆様にとって、普通の日々が、ほんの少し素敵になるものづくりをお届けできれば嬉しいです。
樫原ヒロさんありがとうございました。
—— インタビューを終えて
カトラリーに込められた言葉や、そこに流れてきた時間に触れながら、あらためて「道具」が持つ力の大きさを感じました。
手に取る人の暮らしにそっと寄り添い、何気ない食卓のひとときが、気づけば少しだけ心に残る時間へと変わっていく。
そんな静かな変化を生み出すのも、道具の魅力なのだと思います。
作り手の想いや背景を大切に受け取りながら、
これからも、日々の暮らしにそっと溶け込む道具を、静かに、そして丁寧に届けていきたいと思います。
文:コノヒノ道具店 樫原渚